歌野晶午「春から夏、やがて冬」詳しい解説と考察、感想

歌野晶午さんの「春から夏、やがて冬」のレビューになります。

ミステリー小説なんですが、かなりドラマ性が高い

そして手に取って読んで欲しい。

本当に面白かった。色々考えてしまうけど。

読者によって解釈が分かれるような小説って

みんながどう解釈しているのか聞きたいのは自分だけですかね?

この最後の解釈によって、小説内の登場人物が救われるか、救われないのか

このように楽しめるのも小説の良いところですよね。

この記事では

「春から夏、やがて冬」のあらすじ、考察、感想などを書いています。

未読の人は概要とあらすじを読んでいただければ、参考になるかなと。

そして!

読み終わったら、是非感想と考察を読んで欲しいです。

そしてコメントしてくれたら嬉しい・・・・

歌野晶午「春から夏、やがて冬」

春から夏、やがて冬

歌野晶午さんはミステリー作家でありながら一般小説としても評価されています。

ゴッド・オブ・ミステリーこと島田荘司さんの推薦でデビューし

「葉桜の季節に君を想うということ」では日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞をW受賞

「密室殺人ゲーム2.0」では2度目の本格ミステリ大賞を受賞。

そして今回の「春から夏、やがて冬」初の直木賞候補としてノミネートされています。

「推理」や「ミステリー」の枠を超えて、大衆小説として評価されたってことですよね。

この小説を読んだら直木賞で引っかかる意味が分かると思います。

読了感が普通の推理小説や、ミステリーを読んだ時のものと少し異質なものです。

簡単なあらすじ

ネタバレをしたくないので、小説の背表紙そのまま記載します。

スーパーの保安責任者・平田は万引き犯の末永ますみを捕まえた。いつもは容赦なく警察に突き出すのだが、ますみの免許証を見て気が変わった。昭和60年生まれ。それは平田にとって特別な意味があった。偶然の出会いは神の導きか、悪魔の罠か?動き始めた運命の歯車が2人を究極の結末へと導く!

文春文庫「春から夏、やがて冬」背表紙より

考察・解説

ここからネタバレを含む考察と解説になります。

まだ読んでいない人は読んだあとに見て下さいね。

ざっくり、小説の流れになります。

全体の流れ

  1. ますみ万引きで捕まり平田に出会う
  2. 感謝されてますみに付きまとわれる
  3. 娘春夏が自転車事故で死んでいることがわかる
  4. ひき逃げ犯が捕まっていないことがわかる
  5. ますみに娘のこと、癌のことを話す
  6. 事故は娘にも非があることがわかる
  7. 妻「英理子」が死んでいること、娘の事故が時効になったことがわかる
  8. ますみの彼氏「山岸」に脅迫される
  9. ますみに500万円譲渡する話をする
  10. ますみと喫茶店で会う、ますみケータイを喫茶に忘れる
  11. 平田がますみのケータイの内容を見る
  12. 5月10日、平田のマンションにてますみを殺害、捕まる
  13. 平田の担当医「小瀬木」が客観的な見解で結論を出す

ざっとこんな感じですね。

キーポイント

平田のどこか素っ気ないしぐさから生きることに執着のないこと、すなわち家族の死に対する重さがひしひしと感じられます。

キーポイントになるのは3・6番に書いてある「娘のひき逃げ」の詳細です。

自転車事故の現場状況は

  • ますみはヘッドホンをしていた
  • 手袋を片手していない状態だった
  • 近くにメールを打とうとした形跡のあるケータイが落ちていた

この3点から、娘である春夏はヘッドホンで音楽を聴き、ケータイをしながら自転車に乗っていました

平田も妻の英理子も「自転車に乗る時は危ないから音楽を聴かないこと」と注意していたのですが、結果事故にあってしまいます。もっと注意しておくべきだったとずっと後悔して生きることになります。

そして時効になった時点で妻の英理子は犯人を見つけだす希望も仇をうつ希望も失くし自殺してしまいます

平田自身も希望は「死んだあと向こうで2人に会えること」だけになります。

これをますみに話していることが重要な点になります。

そして最後に平田の担当医でもあり、地元の後輩で唯一の理解者「小瀬木」が結論を出します。

それも”ますみ側の情報もある程度裏付けをとった上で”です。

ひき逃げ事件当時、ますみは吉浦の飲食店で働いていたということ事故は東京で起きた為、ますみが事故を起こすのは不可能。この時点で、ますみが作成していたメールの内容は「嘘」という事になります。

しかし、平田は「嘘」と見抜けずにますみを殺してしまいます。果たしてこれはバッドエンドなのか?

ここが一番気になるところですよね。

  • 平田は嘘と見抜けなかったのか?
  • ますみは何故嘘のメールを作ったのか?

この二つをどう解釈するかによって、読者の読了感が変わっています。

平田は嘘と見抜けなかったのか?

ここは、素直に見抜けなかったという結論のみになると思います。

平田はおそらく嘘だと知らずに殺しています。もはや平田には「嘘」などと考える余裕はなかったんじゃないか。それは普段のますみの馬鹿っぷりを考えたらなおさらです。たまたまケータイを見つけて、たまたまケータイの内容を見てしまった状況。自発的にますみから聞いた訳でもなく、たまたま自分で娘の死の真相を見つけてしまった状況が嘘を見抜けなかった原因です。

平田がますみを殺す時のシチューエーションからもわかるように、最初から殺す予定で家に招いています。そしてますみの発言にスイッチが入ってしまい殺してしまいます。

勿論、”平田はガンで先が短く人を殺すことに躊躇がないから簡単に殺してしまった”というのもあるのですが、それ以上に犯人を見つけて家族の無念を晴らすことを優先していることがわかりますね。殺した後、家族に「もうすぐそっちにいけるから」とつぶやき自分で110番通報していることからも、気持ちの整理がついているのがわかります。

ますみは何故嘘のメールを作ったのか?

平田は時効が成立していることから犯人を見つけることをあきらめています。

そして生きる目的も失っています。唯一の希望は死んだあと家族に会う事。

だからこそ、生きることへの執着が無くなっておりガンの治療もしていません。

一方、ますみは平田にとても優しくしてもらい、本当に感謝していました。

恩を仇で返すようなことをしてもなお、こんな自分に優しくしてくれる平田。

ますみは平田に「生きる義務がある」「犯人が捕まるのを見届けて家族に報告する義務がある」と言っています。

ますみにとって平田は生きる希望になっていた。そしてそんな自分にできることを考えた末に、この嘘の告白文を思いつきます。それは事故現場にあったヘッドホンと手袋、そしてケータイは自分が工作したということ。

これについては実際にラスト小瀬木の解説で話されていますが、ますみは少しでも平田の心の重しを取りたいと思いました。一つも報われないで死んでしまうのはあまりにも無常です。死ぬ前に都合の良い解釈を与えることで光を与えたいと考えたんですね。それが良いことかどうかは別として、です。

平田と妻英理子は自分たちがケータイもヘッドホンも自転車で使うことは危ないと言わなかったのが死の原因だ、と後悔しています。この気持ちを取り除くことができれば少しは報われると考えたんですね。

仮にガンで亡くなったとしても、冥土の土産話として家族に「犯人を捕まえたよ」と報告ができます。

「自分が犯人を知っている」などでは説得力に欠ける上に墓穴を掘ることになりかねません。だからこそ、物語として自分を犯人に仕立てる必要があったんですね。

ラストの展開と解釈について

小瀬木の解釈だと、

ますみは本当は間接的に平田に告白を送ろうする。そしてその保険であり、練習として小瀬木にも打ち明けた。保険というのはメールが届かなかった場合などに小瀬木から真相を言ってもらうため。しかし平田の感情を理解しきれず殺されることになってしまった。

と解釈しています。

ここは個人的には、「ますみは殺されることも含めて全て計画だった」と解釈して良いんじゃないか、と思っています。

小瀬木がこの結論に至っていないのは、「平田が喫茶店でたまたまメータイメールを見たこと」を知らないからです。事実平田はそのことを言っておらず、ますみを殺した時にその告白文のメールを削除し、ケータイを壊しています。ですのでこの事実を知っているのはますみの死んだ今、平田のみです。

ますみはこの告白文を一番信じてもらうためには、「たまたま平田自身が見つけること」だという結論に至ります。これは間接的に伝えたとしたら頭の良い平田に質問されたり時間を与えてしまい見抜かれてしまうと思ったからだと思います。

物語のように友達に独白するようなスタイルでメールの下書きに書く。そしてたまたまそのメールを見てしまう。この不意を突いた方法こそ一番効果的に信じてもらえると考えたはずです。

だからこそ、たまたま見てもらうシチュエーションを作りました。

そして平田がガンになったことで、死を怖いと思っていないこと、人を殺すことに躊躇がないことを知っています。平田がずっと抱えていた悲しみ、苦しみ・・・それを全て引き受けて善意を持って死を捧げました。

物語を通して、ますみ自身もずっと悲しみとつらい人生の中にいました。

不器用なますみのやっと見つけた人のためになること。それが優しくしてくれた平田に対しての恩返しであり、平田の苦しかった部分全てを引き受けることでした。

まとめと評価

いかがでしょうか?

ミステリーでありながら、人間ドラマと「生と死」について深く書かれており、とても感慨深い話です。

「葉桜の季節に君を想うということ」を読んだことある人は多いと思いますが、この「春から夏、やがて冬」はミステリーから一歩外に出た素晴らしい作品に仕上がっていると感じました。

「春から夏、やがて冬」評価
オススメ度
(4.5)

歌野晶午さんの作品は読みやすい。そしてオチだけではありません。

ずっと読んでいたくなるような小説なんですよね。

是非読んでみてはいかがでしょうか。

ではまた。

2 COMMENTS

糖質カット中おじさん

はじめまして!いつもレビュー記事拝見させて頂いています。この小説を読んだことは無いのですが、ネタバレを読んで逆に興味が湧きました!
今度時間ある時にでも読んで見たいと思います!他にもこの作者の小説でオススメリアルがあれば教えてください!
初コメ失礼しました。

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おばけ

糖質カット中おじさん>ありがとうございます。
考察の記事は少し時間が掛かりますが、頭の中を整理するのことが出来るので自分のためだと思ってやってみました。
歌野晶午さんのオススメリアルな小説はベタですが「葉桜の季節に君を想うということ」です。
是非読んでみて下さい。

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